20世紀の言語学界は、スイスの言語学者ソシュールの二元論が支配していました。
しかし日本の言語学者・時枝誠記は、それに真っ向から異を唱えた「言語過程説」を提唱。
この記事を読むことで、言語学の歴史における重要な転換点が理解でき、国語学の深い教養が身につきます。
ソシュール言語学の限界
20世紀初頭、スイスの言語学者フェルディナン・ソシュールは、言語をラング(言語体系)とパロール(個別の発話)に二分する理論を展開しました。
この二元論は、当時の言語学界に大きな影響を与えましたが、言語の本質を完全には説明できないという批判が徐々に高まっていきました。
特に、言語がどのように「使われるのか」という動的なプロセスが軽視されていたのです。
日本の言語学者たちは、この西洋言語学の限界を認識し、独自の理論構築を目指すようになりました。
時枝誠記と言語過程説の誕生
時枝誠記(ときえだ せいき)は、1900年生まれの日本を代表する言語学者です。
彼は1941年に著作『国語学原論』を発表し、言語は社会的・心理的な相互作用の中で生成される動的なプロセスであると主張しました。
この理論が言語過程説です。
時枝は、ソシュールの静的な二元論ではなく、話者と聞き手の相互作用が言語の本質であると考えたのです。
この視点は、当時の言語学界に革命的な影響をもたらし、日本の国語学の独自性を確立する契機となりました。

言語過程説の核心:詞と辞
時枝の言語過程説において、最も重要な概念が「詞」(し)と「辞」(じ)の区別です。
「詞」とは、話者が発話する際に新たに創造される言語単位を指します。
一方、「辞」とは、社会的に確立された言語体系に属する既存の言語要素です。
例えば、「太陽が昇る」という発話では、「太陽」「昇る」などの個々の言葉は「辞」ですが、それらを組み合わせて新しい意味を生み出す行為が「詞」となります。
この区別により、言語が単なる既存要素の組み合わせではなく、話者による創造的な営みであることが明らかになったのです。
言語過程説がもたらした影響
時枝の言語過程説は、日本の国語学を西洋言語学の模倣から解放し、独立した学問領域として確立させました。
この理論は、その後の日本語研究に深刻な影響を与え、文法研究や意味論の発展を促進しました。
特に、言語を動的なプロセスとして捉える視点は、現代の言語学、認知言語学、さらには教育現場での言語指導にも反映されています。
言語は教科書に載っている静的な規則ではなく、人間の相互作用の中で常に変化し続けるものという認識は、今日の言語教育の基本となっているのです。
現代に生きる言語過程説の思想
21世紀の言語学は、コンテクスト(文脈)や社会的背景を重視する方向へと進化しています。
これは、時枝が提唱した「言語は相互作用の中で生成される」という思想と軌を一にしています。
デジタル時代のSNS言語や、多言語社会における言語使用の実態も、すべて言語過程説の枠組みで説明できます。
時枝の理論は、決して歴史の遺物ではなく、現代の言語現象を理解するための強力な思考ツールなのです。
💼 現場還元
教室で時枝説を語る際は、『「太陽が昇る」という文を、毎回同じ意味で使っているか?
』という問いかけから始めましょう。
文脈によって、同じ文が異なる意味を持つことに気づかせることで、言語の動的性質が腑に落ちます。
また、生徒が作文や発話をする際、『これは既存の言葉(辞)を使いながら、あなたが新しく創造した表現(詞)だ』と指摘することで、言語学習への主体的な関与が深まります。
時枝の思想は、受動的な「言語ルール習得」から「言語創造者としての自覚」へと導く教育哲学なのです。
🎯 実戦クイズ
Q1. ソシュール言語学に対抗した日本の言語学者は
正解: 時枝誠記
解説: 1900年生まれの日本を代表する言語学者。1941年『国語学原論』で言語過程説を提唱し、ソシュールの二元論に異を唱えた。
Q2. ソシュール二元論の『ラング』の対概念は
正解: パロール
解説: ソシュールは言語をラング(言語体系)とパロール(個別の発話)に二分。時枝はこの静的な二元論では言語の本質が説明できないと批判した。
Q3. 言語過程説で『話者が創造する言語単位』を何という
正解: 詞
解説: 時枝の言語過程説における「詞」は話者による創造的な発話単位。対して「辞」は社会的に確立された既存の言語要素。この区別が言語過程説の核心。
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